南河内の紅葉便り

辰じい

暖かい日に、近くのお寺の紅葉を見に行ってきました
ちょっと遅かったかもしれませんが」、その時の紅葉風景を!!

観心寺(かんしんじ)は、大阪府河内長野市寺元にある高野山真言宗の遺跡本山の寺院。山号は檜尾山。本尊は如意輪観音。新西国三十三箇所客番札所。大阪みどりの百選に選定されている[1]。また日本遺産『中世に出逢えるまち 〜千年にわたり護られてきた中世文化遺産の宝庫〜』の構成文化財のひとつでもある。

平日なので訪れる人もまばらです

金堂(国宝)
南北朝時代、正平年間(1346年 – 1370年)の建立。桁行七間、梁間七間、入母屋造、本瓦葺き。和様と禅宗様の要素が混淆した折衷様仏堂の代表例である。朱塗の柱に白い漆喰壁の外観は和様の要素であるが、扉は禅宗様の桟唐戸を用いる。堂正面は七間のうち中央五間を桟唐戸、両端の各一間を和様の連子窓とする。

建掛塔(重要文化財)
 文亀2年(1502年)再建。もともとあった堂は楠木正成が三重塔を建立しようと建築に着工したところ討死してしまい、一重目を造り終えたところで工事が中止され、仏堂に改築されたもの。焼失後、同じような形式で再建された。

続いて、「楠批庵」に向かう途中にある、「西恩寺」に立ち寄りました。
西恩寺(さいおんじ)は大阪府南河内郡千早赤阪村にある融通念佛宗のお寺です。

建久九年(1198)善幸上人を開基とし、かつては真言宗でありましたが寛文三年から延宝四年(1676)まで住持を務めた「西恩」より西恩寺となり、融通念仏宗に改宗されたと推定されています。
山号は亀宝山(亀寶山)。河泉地蔵霊場第四番札所でもあります。
石段の上り口付近には左右両側に石標が建っており、左側に「子安大地蔵尊當山安置」、右側に「融通念佛宗十里辻本西恩寺」と彫られています。この石段は紅葉のトンネルと絨毯が楽しめます。

続いて「楠批庵」に向かいます

楠木正成の妻で、正行(まさつら)の母である久子が、夫と息子の戦死後に出家して菩提を弔ったところです。久子は「敗鏡尼」を名乗り、楠妣庵(なんぴあん)を建てたといわれています。この地には正行が建てた観音殿もあり、弟・正儀が敗鏡尼の没後に「観音寺」と改めて、一族の菩提寺としました。その後、観音寺、楠妣庵ともに兵火によって焼失しましたが、大正6年(1917)に楠妣庵が再興し、次いで観音寺も再建されました。この地は敗鏡尼の故郷でもあり、境内にある石造りの五輪塔は、その墓とも伝えられています。春の新緑、夏の蝉時雨……と、四季折々の趣が楽しめますが、ことに秋の紅葉は有名です。歴史ファンや楠木公を偲ぶ人々が多く訪れます。

草庵 – 大正6年5月(1917年)建立。久子が隠棲した草庵で、楠妣庵と称する。東京帝国大学教授・帝国芸術院会員伊東忠太博士の設計により、鎌倉時代末期の建築様式に則り、復元された。東宮であった昭和天皇がここに行啓した。
観音堂 – 大正6年5月(1917年)建立。久子の念持仏である十一面観音が祀られている小堂。設計は伊東忠太博士。

長くなりました が、ありがとうございました。

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